「タコピーの原罪」を観て

タコピーのファンアートです

「タコピーの原罪」とは

少年ジャンプ+で連載されていた短期連載マンガで、私は話題になってからアニメでなんとなく視聴したのだが、強烈な展開に1話目から釘付けになった。

以下の感想はネタバレをしないと感想が描けないため、ネタバレを含むので注意していただきたい。

原罪とは何か

原罪と言えばキリスト教の概念であり、アダムとイブが知恵の実を食べてしまったため、楽園から追放され、以降罪が人間に受け継がれたものとされている。どこにもはっきりとは書かれていないが、私はこの時人間は男と女に別れ、男性が女性を強く求めるようになり、女性は生理やつわり、出産の苦しみを背負うようになったのではないかと思う。逆説的に言えば、人間がなぜ生殖において大いなる苦しみを背負うのかについて、聖書の著者が思いついた概念ではないかと思っている。

それを含め、「原罪」とはそれぞれのキャラクターが生まれ持った「罪」のことを言うのではないかと仮定する。

雲母坂まりなの原罪

まりなはアニメ序盤で登場する明らかないじめっ子であり、主人公のしずかを執拗にいじめるのだが、原因は2話からやっとわかってくる。

いじめはかなり強烈であり、人がいるところでは攻撃的な発言、人が見ていないところでは殴る蹴る、シャーペンで刺すなどの暴力に躊躇がない。

私に言わせれば一番わかりやすい罪人はまりなである。

まりなは敵とみなした人間に関しては、その人に直接の罪がなくても完膚なきまでに八つ当たりをする。小学校4年生だから仕方ないとは言い難い。

まりなの怒りの原因は実はまりなの父親の不倫である。だがまりなは直接父親を攻撃することができない。父の不倫は母にも悪影響を及ぼし、母からはDVを受けている。が、まりなは母親にも反撃ができない。

まりなの原罪は罪が正しく裁けないところにあるが、この年齢であればこの状況をほったらかしにしている大人が圧倒的に悪いと言える。だが、そのような理由であっても、同級生を蹴ることは決して許されない。

主人公久世しずかの原罪

しずかは最初から全てを諦めており、唯一の心の救いであったペットの犬も、まりなの執拗な策略によって保健所に連れて行かれ、引き離されてしまう。絶望したしずかは、第一話で自殺してしまう。

しずかの原罪は「自分ではなにもできない」ところであるが、これもほったらかしにしている親が圧倒的に悪い。だが、そうであっても、しずかはもっと戦うべきだったと私は思う。気持ちはよくわかるし、私はこの子に一番近かったから、この話に感情移入できた。

もう一つの原罪があり、それはしずかが女としての自覚があり、母親と同様男性をそそのかすことで男性に何かをやってもらおうとする癖があるところである。それはアニメ後半でも残酷な形で現れる。しずかはいじめられっ子だが、そこはかとなく残酷なところがある。

だがそれも、母親がやっていたから、と思っているかもしれないし、100%しずかが悪いとは言えない。

東くんの原罪

東くんは母親に認められたくてたまらない。母親依存であるが、小学四年生なのだから仕方ないとも言える。

母親が大変厳しいため、平均点をはるかに上回っていても褒めてもらえず、ご褒美のパンケーキももらえない東くんは絶望するが、しずかに頼られることでしずかを母親の代わりに承認欲求を満たす対象ととらえる。

これが東くんの原罪だ。母親に満たされない愛を、別の人間からもらおうとしてしまう。だがこれは大変よくある話である。

だが、東くんには救済がある。他の女子キャラと比べて一番救いがあるのは東くんである。その救いとは、兄の存在である。他の二人に比べると唯一兄弟がいるキャラクターだった。ここで兄が大いなる救いとなり、東は立ち直る。

なおタコピーの行動次第で、まりなかしずかが自殺することは明白であり、いかに兄弟の存在が重要かがわかる。私も妹たちがいて、なんとか生きてこれたような気がする。

タコピーの原罪

タコピーはあまねく宇宙にハッピーを広めるために地球に降り立った。

タコピーの原罪はまず、知識不足による地球人の問題点に気づかないところである。夫婦喧嘩をコミュニケーションと捉えている。間違ってはいないが、会話の内容はすれ違いまくっており、お互い相手の話をほとんど聞いていないか、説明が不足している。これをタコピーは「仲良し」と捉えてしまうのだ。

そしてタコピーは道具を使う際の掟を破ったせいで、しずかの自殺を止めることができなかった。

それって地球人が悪いんだから仕方ないじゃん、という考え方もできるのだが、タコピーの使命は関わった人間をハッピーにすることである。

原罪がキリスト教の概念であることからも、タコピーはまるでイエス・キリストのように地球に降り立った。無垢な状態から人間の罪を、次々と理解する。時には、人間の八つ当たりで殴られたり蹴られたりする。そして最後は、その命を犠牲にする。

果たしてキリストの命が犠牲になったあと、どのくらいの人間が幸福になったのだろうか。ただ、我々の心の片隅に、聖人がいるからこそ、しずかやまりなのように、「以前関わった、自分を助けようとしてくれた魂」を思い出し、諍いを止めるのかもしれない。

全ての罪を、発生させないために

この作品では繰り返し、「お話がしたいっピ」「お話が必要っピ」という言葉がタコピーから語られる。

私もこの言葉を妹から聞いたことがある。「カップルの関係維持のために必須なのは、話し合い」だと。

コミュニケーションの不足は最悪、このアニメのような、夫婦関係の崩壊から、子供たちの自殺を招くこともあるということだ。

話し合いをするのは大変だ。そもそも日本人は特に、喋ることに慣れていない。寡黙であることが美徳とされている。よく喋る人間はまりなのように、相手を圧倒することが目的で、実際に学校や職場でも相手を圧倒しのしあがるなんて言うことが日常的に行われている。

また、日本人のカルチャーとして、アメリカ人のように「デフォルトがポジティブなトーク」ではないので、同じ内容でも日本人が言うとシリアスに聞こえたりする。

私も口頭でのコミュニケーションが苦手なので、メッセージ性の視点から見ても、良いアニメだったなと思う。

タコピーは、全然助けにならないドラえもんである

背景の設定や名前などから、ドラえもんから着想を得たのは間違いないと思う。だがタコピーは現代版だ。全く知識がないし、道具もたくさん持っていない。そもそも道具がほとんど役に立たない。

だがだからこそ、タコピーの純粋な「助けたい」気持ちが伝わりやすくなっている。これは大いなる仕掛けだ。ドラえもんは便利なグッズを延々と出してくれるが、多くの場合のび太が使用方法を誤る、という点がSF的だった。ドラえもんが直接助けたいという気持ちを伝えることはあまりなかったと記憶している。

タコピーはSFではないのだ。ほとんど役に立たないけれど、助けようとしてくれている存在。タコピーの無垢な目から見た現代の人間の問題点。これらを我々視聴者がタコピーの目を通して観ることで、問題点をよりクリアにすることができる。

もはや人間の目から見てしまうと、「いつもの日常」であり、「仕方のないこと」と思い込んでしまうからだ。

しずかのように。